大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 平成4年(行コ)2号 判決 1993年2月19日

控訴人

畠山元司

右訴訟代理人弁護士

畠山郁朗

織田信夫

被控訴人

地方公務員災害補償基金宮城県支部長

本間俊太郎

右訴訟代理人弁護士

早川忠孝

中村健

河野純子

濱口善紀

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  控訴人が昭和五七年一一月一二日付で被控訴人にした公務災害認定請求に対し、被控訴人が昭和五八年七月一二日付をもって公務外災害と認定した処分を取り消す。

3  訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは原判決の事実摘示と同一である(但し、四枚目裏五行目の「庭球部長」を「庭球部顧問」と改める)から、これを引用する。

一  控訴人の補足的主張

1  重さ三〇キログラムの物を日常持ち運びしている成人男性は、職業的に重量物を運搬する作業に従事している者を除けば極めて少ないことは明らかであって、控訴人のなした重さ三〇キログラムほどのダンボール箱運搬の仕事は、日常動作の範囲内の行為とは言えない。そして、高瀬医師は、原判決も認定のとおり「三〇キログラムの荷物を両手で持ち上げ、腕に抱えて持ったとすると、腰椎部に最低六〇キログラムから一五〇キログラムの重量がかかり、さらにこれを持って一〇〇メートル位歩いて運ぶとすると仕事量は相当なものとなるから、胸、腰椎部への加重は、胸、腰椎部でのヘルニア、循環障害を惹起する可能性がある」と鑑定意見を述べているところ、控訴人はそのような動作を一回だけではなく、三ないし四回繰り返しているのであり、本症は、その後間もなく発生し、悪化して行ったのである。

したがって、他に仕事と発症との関連を否定する証拠があればともかく、それが特にないのであるから、本件疾病は、胸椎部に循環障害を惹起する可能性のある職務の遂行過程で起きたものとの推定が強く働き、医学的証明はともあれ、歴史的証明としては十分相当因果関係が証明されているものと言うべきである。

2  仮に、控訴人のダンボール箱運搬が日常動作の範囲内の行為であるとして、そのことから公務起因性を否定するのは相当でない。足場第一段でコテでならし作業中にパネルに足を取られ尻餅をついて、水の入ったバケツに背中を打ったという労災認定の先例(昭和四六年一月七日四五基収第三八九八号)の事案における、足場に上がってコテでならすという行為は、本件のように三〇キログラムの重量物を持ち上げて八〇メートル余りも運搬したりする行為よりもはるかに危険性の低い、より日常的な行為であるにもかかわらず、発症した横断性脊髄炎との関係で業務起因性が認められており、日常動作の範囲内かどうかは業務(公務)起因性判定の要件とすべきでない。

二  被控訴人の反論

1  高瀬医師の「三〇キログラムの荷物を両手で持ち上げ、腕に抱えて持ち運ぶ行為が、胸、腰椎部でのヘルニア、循環障害を惹起する可能性がある」との鑑定意見は、右行為がヘルニア、循環障害という疾病に対して災害性があり得るという一般論を述べたものにすぎない。そして、本件疾病はヘルニアでも循環障害でもなく、特発性急性横断性脊髄症であって、右行為と右疾病との間に医学的因果関係が認められないことは、益澤医師の鑑定意見等によって明らかにされている。

2  公務起因性を認めるためには、現行の災害補償制度の目的、性格からして、「事故が災害性を内在する公務によって生じたこと」を要するものと言うべきであって、災害性のない日常動作の範囲内の行為によって生じた事故や疾病についてまで、公務起因性を認めることは、災害補償制度の公平な運用の妨げとなり、相当でない。

第三  証拠<省略>

理由

当裁判所も控訴人の本訴請求は理由がないので棄却すべきものと判断する。

その理由は、次のとおり付加するほかは原判決の理由と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一七枚目表六行目の「ところで」から同裏一〇行目の「できないのである。」までを、次のとおり改める。

「ところで、控訴人が右ダンボール運搬の引越作業を行って以後、本件疾病の症状が発現した経緯、その症状の推移は前記認定のとおりであるところ、高瀬医師の鑑定意見は、前記認定のとおり、右ダンボール運搬作業によって腰、胸椎部に加重がかかり、ヘルニア、循環障害を惹起する可能性があり、また本件疾病は根動脈あるいは末梢(脊髄に近い部分)で急性に循環障害が生じたことにより本症が発症した可能性が考えられると言うものであるから、結局本件ダンボール運搬によって本件疾病が発症した可能性を肯定するものと言うことができるが、控訴人の治療に当たった公立志津川病院の柿崎医師、東北労災病院の小島医師、国立療養所西多賀病院の佐藤、鴻巣の両医師も、右運搬が本件疾病の発症の引き金ないし誘因となっているとの所見である(<書証番号略>)。

しかしながら、前記二段の因果関係の存否を判断するに当たっては、次のような事実及び鑑定意見を考慮しなければらない。

(一)  高瀬医師がその鑑定意見で「三〇キログラムの荷物を両手で持ち上げ、腕に抱えて持ったとすると、最低六〇キログラムから一五〇キログラムの重量がかかる」と述べているのは、胸椎部への加重についてであって、胸椎部への加重はその上部になるほど減少し、ヘルニア、循環障害を惹起する可能性も相対的に少なくなるとされている(同医師の証言)ところ、控訴人は第四胸髄レベル以下の全知覚障害が認められるので、その障害筒所は第三胸椎付近、すなわち胸椎上部である。したがって、腰椎部への加重は問題外であるし、右胸椎上部への加重については、益澤医師がダンボール運搬作業のような力仕事によって同部付近にヘルニアや循環障害等の障害が生ずることに否定的な見解を示している(<書証番号略>、同医師の証言)。そして、胸椎部はもとより腰椎部にもX線所見に異常はなく、ヘルニアの発症も認められないことは前記認定のとおりである。

そうすると、本件ダンボール運搬作業によって胸椎上部に循環障害が生じた可能性はほとんどないものと認めるのが相当である。

(二)  なおダンボール運搬作業のような力仕事によって循環障害が生じるとすれば、力仕事による力みによって血圧が上昇し出血をきたすことが先ず考えられるが、前記認定のとおりミエログラフィー所見等によって骨髄内外に出血の形跡がなく否定される。もう一つは閉塞であり、高瀬医師及び佐藤医師は、力仕事によって椎間を通る血管が圧迫され、血流が悪くなって血栓を生じ、脊髄梗塞を発症する可能性の存することを認めている(<書証番号略>、高瀬医師の証言)けれども、益澤医師は、力仕事が脊髄梗塞の原因となり得るとする考えは見当たらず、控訴人のダンボール運搬作業から神経症状発現まで約一日を要していることはその誘因としての可能性をほとんど否定するものであるとした上、静脈性脊髄梗塞についてはそれが発症すればほとんど生存の可能性がないので考えられないし、動脈性脊髄梗塞については、控訴人の場合のように全知覚障害が存する場合、前脊髄動脈と後脊髄動脈の両方同時に閉塞が生じなければ説明し難いところ、そのようなことは控訴人の場合のように重篤な全身疾患がなかった場合には医学常識的に見て極めて起りにくいとしている(<書証番号略>、同医師の証言)のであるから、本件の場合、脊髄梗塞の可能性もほとんどないものと認めるのが相当であり、医学的に通常考えられる発症経過と異なった経緯で発症した可能性を否定できない。

(三)  益澤医師は、前記認定のとおり、控訴人の本件疾病は特発性横断性脊髄症であって極めて稀な症例であり、その原因は不明であるが、行為と無関係に発症し、したがって日常生活上の行為によっても発症するとしている。右鑑定意見は、前記のとおり同医師の研究実績及び医学上の知見に照らして相当である。

(四)  控訴人が運搬したダンボールは重さ三〇キログラムのものであり、控訴人は、もとより勤務先の学校あるいは家庭において日常的にそのような運搬作業を行っているものではないが、控訴人自身その程度の重さの運搬作業を行った経験があり、(控訴人本人の供述)、右運搬作業は、日常生活の中で、一般的に経験され得る性質及び程度の力仕事であるということができるから、それは、日常動作の範囲内の行動ということができる。益澤医師も、控訴人の行った右力仕事は、重量物運搬、咳、排便、性交、妊娠、出産などの日常生活上一般に避けることのできない行為の範囲内であるとしている(<書証番号略>)。

そして、控訴人は、右運搬作業当時、身長一七一センチメートル、体重七二キログラムの成人男子で、身体に疾病そのほかの異常がなかったことは前記認定のとおりであり、勤務先の津谷高校で庭球部顧問として放課後毎日のように約二時間程度生徒を相手にテニスを行うほどの体力を有していた(<書証番号略>)。

以上の事実及び鑑定意見を合わせ考えると、控訴人主張のとおり、右運搬作業により腰、胸椎部に本件疾病を惹起するような異常な圧力がかかる事故(アクシデント)があったと認めるには疑問があるし、仮に右事故があったことが認められるとしても、それと本件疾病との間に因果関係が存するとは認め難く、また仮に何らかの機序で右運搬作業が本件疾病の引き金ないし誘因となっていたとしても、それは通常考え得る生理学的、病理学的な因果関係とは異なる経緯で発症した可能性が認められ、右運搬作業が相対的に有力な発症の原因になっていたと認めることは困難であるし、右運搬作業自体も日常動作の範囲内の行為と認めるべきものであるから、その間に相当因果関係を認めることは相当でないと言うべきであり、しかして、また右運搬作業に、公務災害性を認めこともできないと言わねばならない。」

2  控訴人は、当審においても、本件疾病発症の経緯や高瀬医師の鑑定意見を根拠に、本件ダンボール運搬作業と本件疾病との因果関係について医学的証明はともかく歴史的証明は十分であるかのように主張するけれども、その採用し難いことは前項に説示するとおりであるし、原判決(一七枚目裏一〇行目から一一行目にかけての「原告」から一八枚目表四行目まで)説示のとおりである。

3  また控訴人は、日常動作の範囲内かどうかは公務起因性判定の要件とすべきでないと主張するけれども、災害性のない日常動作の範囲内の行為によって生じた事故や疾病についてまで公務起因性を認め、補償の対象とすることは、現行の災害補償制度の相容れないところであるから、右主張は採用できない。

そして、本件ダンボール運搬作業が日常動作の範囲内の行為と認められることは、前記1(四)説示のとおりである。

なお控訴人は、労災認定の先例では日常的な行為であるにかかわらず発症した横断性脊髄炎について業務起因性が認められていると主張するが、その指摘の先例は、コテでならし作業中にパネルに足を取られ、尻餅をついて、水の入ったバケツに背中を打ったため、その打僕によって脊髄から出血し発症したという事案であって(<書証番号略>)、そのような態様の転倒事故は日常動作の範囲内と見ることはできないから、右主張は採用できない。

4  他に以上の認定判断を覆すに足りる主張、立証はない。

以上の次第で、原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石川良雄 裁判官山口忍 裁判官佐々木寅男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例